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ヤナクの生い立ち【私が占い師になったワケ】④

 

原宿ほしよみ堂の

椰奈空〈ヤナク〉です。




私自身の生い立ちと、

なぜ私が占い師になったのか、

そのワケをお話ししていきます。



私と同じような体験をした方や、

これから占い師になろうと思っている方への

参考になれば幸いです。




ということで、前回の続き。


 

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ヤナクの生い立ち【私が占い師になったワケ】④


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IMG_2191.JPG

 

 

 

高校卒業後は、

都内の養成機関にて、

演技などのレッスンを受けました。




18歳の時に、人生最初の師に出会い、

ナレーションの基礎を習得。



師匠にはナレーションだけでなく、

たくさんの経験をさせて頂きました。



 

振り返ると、この頃の体験が

自分に必要な自信を

つけてくれたように思います。




 

初めてのオーディションを経験し、

ファミリーコンサートのメンバーとして

各地の子ども達に歌を届けたり。



好きだったラジオ番組のメンバーになり、

色んな挑戦をしたり。



イギリスでの太鼓パフォーマンスや、

台湾でのコンサートを通して、

言葉以外のコミュニケーションを学んだり。





あの時の経験は「やればできる」気持ちを、

大いに育んでくれました。





コンサートをする上での

師匠の教えはとってもシンプル。



とにかく『大きな声で歌うこと』


そして『全身で輝くこと』



 

毎日のように

コンサートメンバーで見合っては、

本気で「キラキラ」を追求していました。





ひとつひとつの成功体験は、

私を前向きに成長させてくれました。



 


実は、私は子どもの頃、

 

歌は引きつったような喉声になり、

ダンスもへっぴり腰で家族から笑われていました。


 

家族は楽しんで笑ってくれていたので

みんなの前では、あえてふざけていたのですが、


 

実のところは恥ずかしくて、

人前で歌うことにも踊ることにも、

苦手意識を強く持っていました。




でも本当は歌いたいし、踊りたい。



 


“恥ずかしいなんてなんのその!

やらずに終わったら人生後悔するよ!”




そんな風に、苦手でも、格好悪くても、

やりたいことに飛び込めるようになったのは、


 

師匠のもとで「やればできる」を感じて、

勇気が持てるようになったおかげでした。





 


(つづく)







 



椰奈空〈ヤナク〉


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